牧野富太郎『植物学雑誌』自筆ワビスケ椿ぬり絵原稿Ⅱ

牧野富太郎『植物学雑誌』自筆ワビスケ椿ぬり絵原稿Ⅱ

牧野富太郎『植物学雑誌』巻24(1910年)に、牧野自筆のワビスケ椿『ハツカリ』『シロワビスケ』『ベニワビスケ』『シベナシワビスケ』『コチョウワビスケ』『タロウカジャ』の挿絵があります。この挿絵をベースにぬり絵原稿を制作しました。2回目は後半の3種のワビスケをご案内します。プリントアウトをして、ぬり絵をお楽しみください。
椿に係る説明(花・開花期・ノート)は『最新椿百科』(横井茂著 淡交社刊 2022年)を参照しました。

【蕊無侘助(しべなしわびすけ)』
[花]桃色。一重咲き(猪口咲き)の中輪
[開花期]春咲き(3~4月)
[ノート]1910年、牧野富太郎は本品種をトウツバキの変種として記載し、和名をモモイロワビスケ(桃色侘助)とした。その後、所在不明となったが、横山三郎邸で再発見され、牧野の命名した和名が他の栽培品種にも使用されることから、1966年に津山尚がシベナシワビスケと改名した。古文献にある「真繆(しんくり)」(図3.4))または「蕊繆(しんくり)」などが、本品種につながるかどうは不明である。

【胡蝶侘助(こちょうわびすけ)』
[花]紅色地に白星が入る。一重咲き(猪口咲き)の極小輪
[開花期]春咲き(3~4月)から遅咲き(4月以降)
[ノート]元来「侘助」と呼ばれていたが、1910年に牧野富太郎は本品種をトウツバキの変種として記載し、和名をコチョウワビスケとした。本品種はワビスケ系のなかでも歴史が古く、京都の大徳寺塔頭総見院、愛媛県四国中央市の正覚寺などに古木が残っている。1695年の『花壇地錦抄』には「侘助」の名が、『増補地錦抄』(1710年)(図5.)には「わび助椿」の名の図が見られる。また『古今要覧稿』(1836年)(図6)、梅園海石榴花譜(1844年)(図7)に図が載る。茶花としては江戸時代中期頃から使用されている。

【太郎冠者(たろうかじゃ)』
[別名]有楽(うらく)/関西 淡侘助(うすわびすけ)/中部
[英名]Saotome,Sukiya
[花]薄桃色。一重咲き(猪口咲き)の中輪。有香。
葯には種子を作る能力を持つ花粉を付ける場合が多く、わずかに結実し、種子は発芽する。
[開花期]早咲き(11~1月)
[ノート]1910年、牧野富太郎は本品種をトウツバキの変種として記載し、和名をスキヤ(数寄屋)とした。この和名は、他のツバキにも使用されているために、1952年に北村四郎はウラク(有楽)に変更している。日本各地に残る太郎冠者の古木を用いたDNA検査結果では、一個体から増殖されたクローン(※)であることが判明している。太郎冠者の種子から、ワビスケ系の栽培品種が出現することは、尾川武雄と桐野秋豊によって育種実験がなされている。栽培植物の学名はCamellia wabiske ‘Uraku’。太郎冠者は、室町後期から茶花に使用されてきたことが推定される。中部では伝統的に淡侘助と呼ぶ。
(※)挿し木或いは接ぎ木による増殖(筆者付記)

付録:太郎冠者の類似椿
【土佐有楽(とさうらく)】(図8)
[花]桃色。一重咲き(ラッパ咲き)の中輪から大輪。有香。
[開花期]早春咲き(2~3月)
[ノート]本種の親樹は高知市五台山椿園にある。花も葉も太郎冠者(別名・有楽)に酷似するが、葯は退化せず、花はひとまわり大きいので別種とされた。太郎冠者の自然実生と推測する人が多い。~『新装版日本の椿花 園芸品種1000』(淡交社刊 横山三郎・桐野秋豊共著 2005年)の記載より

この項おわり(太郎冠者)